2017年11月13日

巻き込まれる

犬同士の絆って人が想像するより強いのかもしれない
わたしの実家には二匹の犬がいる。
茶色いの(二歳三か月)と白いの(七か月)とで、白いのが我が家にやって来たのは今年の初夏だった。

かれこれ半年近く一緒に過ごしている二匹なのだが、とてもじゃないが「抜群の相性」と表現することができないでいた。
寝床で二匹寄り添って寝ることだけ通渠公司を「抜群の相性」と呼ぶならば…だけれども。
おっとりした甘えん坊な茶色いのと、年相応にやんちゃでいたずら好きな白いのの組み合わせなので、事あるごとにちょっかいを出しては追いかけっこをしているのである。

「トムとジェリー状態」と言えば微笑ましい風景を想像する方がいるのだろうが、実際はかなりスリリングな追いかけっこである。
ソファに駆け上がったかと思ったら床で寝っ転が通渠っている家族の腹へ飛び移るので、巻き込まれる人間はたまったものではない。
勢いよくみぞおちや股間(!)に飛び移られたときは、ガチで悶絶ものだ σ(^◇^;)


そんな関係性の判りにくい二匹なんだけれども、わたしは二匹の絆を実感する出来事に何度か遭遇している。

たとえばある日、白いのをトリミングに連れて行くことになった。
キャリバッグに入れて準備万端、外に連れ出そうとしたときに事件は起きた。

茶色いのがキャリバッグの周りで騒ぐのである。
キャリバッグを開けようとカリカリひっかき日本樓 按揭、切ないうなり声を上げてはキャリバッグの持ち出しを阻止する。
「(白いのを)どこにも連れて行かないで!」と、全身全霊で必死の懇願をしているかのようだった。
結局は茶色いのをどうにか引き剥がし、白いのをトリミングに連れて行ったのだが、この出来事によって、茶色いのが白いのを家族の一員として認めていたことが判った。

それ以来、茶色い犬の目の前で白いのをキャリバッグに入れることは控えている。
白いのをトリミングに連れて行くときは、事前に茶色いのを散歩に連れ出す等、涙ぐましい努力をしているのだ (笑)

もうひとつの出来事はつい昨日のこと。
ちょうど実家に帰っていたわたしが、茶色いのを散歩に連れ出したのだ。
そのとき家には誰も人がいなかったため、必然的に白いのが一匹で留守番をすることになる。
30分ほど茶色いのとお散歩を楽しんでから実家に戻った。

ドアの前に立った瞬間、犬の遠吠えがドアの外まで響いてきた。
茶色いのとわたしが帰宅したのを察知した白いのが、全力で騒いでいるのだ。
今まで聴いたことのないような声で白いのが吠えている。
おそらく人語に訳すと「(茶色いの)早く帰ってきて~~!」と叫んでいるのだろう。
※わたしゃ犬のリアル遠吠えをはじめて聴きましたよ σ(^◇^;)

その勢いで完全に気圧されてしまった茶色いのが、オシッコをまき散らしながら家中を駆け回る。
白いのは脱糞した上に食糞し、ウンチを踏み荒らして走り回っている。
ひとり呆然と立ち尽くすわたし σ(^◇^;)

部屋を掃除し、二匹が落ち着くまで30分ほどを要したのだが、しばらくして彼らは恒例の追いかけっこを再開した。
たぶん彼らは、人間が想像する以上に強い絆で結ばれているんだろうと思う。

  


Posted by cathyhua  at 12:41Comments(0)

2017年11月13日

きっと辛かった


 好きなことは金を払ってするもの P-53 

 前略

 私の亡くなった父は大正13年生まれだが、家が貧しかったため、高等小学校を卒業してすぐに働きに出た。当時の仕事がどんなものだったか聞き忘れたが、好きなことなんか仕事にできなかったのは間違いない。父は働きながら夜間中学を出たが、20歳の時に徴兵で軍隊に入った。戦後、いろいろな職を転々とし、30歳くらいのときに大阪市の水道局の臨時職員になった。その頃、結婚して私が生まれた。

 父はやがて正職員になれたが、配置されたのは漏水課というところだ。どういう仕事かといえば、一日中、大阪市内を歩き回り、破れた水道管を直すというものだ。昔は大阪市内の道路もほとんどは舗装されていなくて、晴れた日に道が濡れていると、地中の水道管が破れているという印だった。そういう場所を見つけては、道路をツルハシとシャベルで掘り返して、水道管を修理するのだ。父は定年まで、夏の炎天下、ヒュの木枯らしの中で、そういう仕事をして、私たちを養ってくれた。
 
 こんな仕事がふつうに考えて楽しいとは思えない。きっと辛かったと思う。けれど父は私たち家族の前では、一言も仕事の愚痴をこぼさなかった。別に父が格別に立派とも思わない。当時は父と同じように、しんどい仕事を黙々とやり続けた男たちがたくさんいたからだ。  


Posted by cathyhua  at 12:38Comments(0)

2017年09月05日

わからない

わからない
犬を飼う猫と娃の争い
汽車で騒がしい音、複雑な人、向こうの1列の座席通路に中年女性や若い男がひくく絮説。あの穏やかな争いは親子じゃない。
聞いて猫を飼っている犬飼って娃の争いは、女にはいるといえば2人の認識の誰かを飼って爺たくないのに、猫を飼っていた犬は、その父母ガスの死ぬ。男性はやさしい言葉で理解を示す。
母の焦りを思い出し、40代の妹を催促する、心が憂だ。思えば妹は結婚、息子は、男の人で、愛情、いつ結婚は自分がとても良い処理、私に理解を示し、母は不満を言って、私と一緒に言えない。
大人、人は聞かない、私は理解し、理解も尊重。
親の過度の参加は負けるのが疲れて、お互いにも疲れて、あまりにも多くの親はそのすでに子供の子供は子供が、いつも考えていて制御して、お互いが疲れて、できない!
娃の人は娃、猫の犬を飼っている人は猫を飼って犬を飼っている。ただ自分の猫を当たり前のように、他人もあなたが普通に寵愛していると思う。子供を飼っていて、自分の熊子子供は全世界がすべてあなたのように彼のためにサービスすることができると思っています。  


Posted by cathyhua  at 10:20Comments(0)